白岩吉明オフィシャルサイト、山岳写真ネットギャラリー、「内陸アジアの貌・フンザ物語・横断山脈・ウイグルの瞳」「エヴェレスト街道」「チベットのヒマラヤ」「ランタン谷」「黙示録」「

 

 
 
 
 
 
エヴェレスト街道:16  ナムチェバザール~ルクラ

 

エヴェレスト街道:16   コンデリ (Kongde Ri 6187m)

 

 

エヴェレスト街道:16   タムセルク (Tham Serku 6623m)  

 

 

エヴェレスト街道:16   寝覚め前のナムチェバザール  

 

 

エヴェレスト街道:16   ナムチェバザール~ルクラのトレッキング路  

 

  上図はナムチェバザール~ルクラ間のドゥ―ド・コシ(河)沿いに点在する村々の概要だ、下図はルクラ下流部のヘリに依る空撮画像。上図の範囲を空撮すれば下図と相似と思う。上・下図共に、この他には小集落が数多く点在すし、寸地尺土に人が暮らすシェルパ族の郷だ。ナムチェバザール~ルクラ間の距離は約17Km、標高差は約1000m、登りで2日、下りで1日の行程だ。ナムチェバザールはエヴェレスト街道の玄関口で有り、物資が集るこの地域最大の集落だ。銀行、ホテル、医療、レストラン、商店が整備され、エヴェレスト街道の心臓と成って居る。そし山道は心臓に血流を送る大動脈だ。2015年のネパール地震では、此の動脈が切断された 「ナムチェバザール~ルクラまでの被害も大きい(登山家・野口健氏)」(click) には被害状況が写真で報告されている。地震後、ルートの復旧工事は急がれ、山道やつり橋等インフラ部の復旧工事は進んだ模様だ。

 

 

エヴェレスト街道:16   ナムチェバザール点描:4景  

  下図はナムチェバザール・ロッジエリア背後の丘から見た景観、雪の岩山はコンデリ山群。この風景の下にロッジエリアが続き、2番目の画像となる。傾斜地に所狭しとロッジが立ち並ぶ。更に下にあるバザールが3番目・4番目だ。

 

 

エヴェレスト街道:16   陸の船・ヤクとゾッキョ  

  此のルートの日中は、ゾッキョの荷揚隊列が引きも切らずに続く。ゾッキョは♀のヤクと♂の水牛(牛)の交配で出来た子供の中の♂に付けられた名で、♀はゾムと呼ばれ搾乳に使われる。♂は生殖能力が無いので1代限りだ。交配の♂♀が逆だと水牛の性質を多く受け継いだ子になり、性質が良くないそうだ。ヤクは標高4000m~6000mに生息する事でもわかる様に、高標高でのみ生きる。低標高での気温の上昇に耐え、働ける様にヤクを品種改良したのがゾッキョだ。シェルパ族は交易を生業とし長年生きて来た、其の知恵の産物がゾッキョだ。上図2点はゾッキョの隊列で、体形はヤクに比べ小形だ。下図4点がヤクだ。4点の内、上図2点はエヴェレスト街道の標高4000m以上で撮影。下図2点は、此の地の北西700Kmに位置する標高5000mのチベット・チャンタン高原のヤクだ。ヤクの特徴は四肢が短く頑丈で、くるぶしの辺りまで達する長い毛に覆われている事だ。ヤクは暑さには弱い為、夏場は万年雪があり、気温が低い、山岳地帯に移す。同一サイズの牛と比べ、ヤクの心臓は約1.4倍、肺は約2倍大きい。体重は♂で800kg~1000Kg、♀の体重は♂の1/3程度。♀の呼称ヤクでは無くディと言う。ヤクの絵柄下図4点にはヤク独特の迫力がある。其の下のウシ科の動物は詳細不明。

 

 

 

エヴェレスト街道:16   ナムチェバザール~ルクラ点描:9景    

 

 

  

エヴェレスト街道:16   ルクラ空港    

   上図3点はルクラ空港の説明図で、上図はクーンブヒマールのおけるルクラの位置図。中図は其の拡大図。下図は実際に飛行機からの空撮画像だ。滑走路は1本のみで、全長460m、巾20m。崖淵に着陸し12%の坂を上がる姿勢で着陸。崖下は700m切れ落ちる。標高は2800m、大気密度は低く、天候は変わり易く、「最も過激な空港ランキング」1位の空港として有名だ。着陸時は崖淵ギリギリに着地し、眼前に山壁が迫る。離陸時は直ぐに崖淵から空間に放り出される。山岳の空母の感だ。此の空港の開港は1964年、現在の正式名称は「テンジン・ヒラリー空港」だ、2008年に改名された。下図は空港の手前500m程の位置に在る検問所、警備兵が空港側の崖下に銃口を向け監視していた、この位置は上中図に記入した。下図検問所の絵柄の下、4点は、ルクラの町並みと空港の様子だ。空港のエプロンには4機の駐機場と1機のヘリパットがある。

  

工業製品に埋もれた消費社会とは距離を置いた、内陸アジアの自然と人間を紹介いたします。此処には、私たちの美意識の源泉・文化の源泉が数多く現存し、自分が知らない事に驚きます。此処には有史以前から今も変わらない人跡未踏の雪山や氷河、0m地帯の広大な砂漠や標高5000mの草原、アジアの大河の源、幾百千年来の隠れ里等など、枚挙に暇の無い非日常が今も生きています。大地と太陽・水と植物・自然の恵みを友に、人口エネルギー消費ゼロで暮らす人々も沢山います。この地域の総面積は日本の国土の20数倍・北米の面積にも相当し、此の地の地下資源を世界は注視してます。近い将来の「地下資源&エネルギー」枯渇時に、工業生産國は衰退・崩壊する「現代文明の病理」を背負ってますが、内陸アジアは背負ってません。この問題は最終章「黙示録」で考察してます。内陸アジアには持続可能な社会の雛型が有史前から連綿と続いています。
 

 
 
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