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チベットのヒマラヤ:11

 

  

 

 上図2点はチベット側のエヴェレスト・ベースキャンプよりエヴェレスト北壁を眺めたもの、ベースキャンプは標高5000m。下図はベースキャンプの北60Kmに位置するパン・ラ峠からのエヴェレストの北面の様子、ここからのエヴェレストの姿は鋭い頂きを持つ均整がとれた正三角形だ。エヴェレストの左肩の背後にはローツェが並ぶ。

 

 

 

 

 下図はパン・ラ峠(標高5250m)と地域の地図及びパン・ラ峠からのパノラマ図だ。この峠に立つと、エヴェレストを挟みマカル―からチョウユーまでの50Km範囲が見える。山々の稜線が国境であり、手前の見える側がチベット(中国領)、反対側はネパールだ。ヒマラヤの全長は約2500Kmであり、此処ではヒマラヤ山脈の50分の1が見える。

 

  

 下図の19点はエヴェレスト・ベースキャンプ(BC)の様子だ。此処チベット側BCの特色は車両が入る事だ。ネパール側BCはエヴェレスト街道を何日も歩いて辿り着き、荷揚げはシェルパやヤクを頼りとするが、此処では自動車がその役割を担う。此の便利さで観光客が増え、過度の汚染を招いた。結果、中国政府の規制が入り、今日では極く少数の登山隊以外のこの地域での宿泊、テント設営は禁止となった。結果今日のBCでは下図の風景は消えた様だ。此処の絵柄は昔日の記録だ。

 

 

  上図はエヴェレストBC(標高5000m)ツーリストエリアのテント村の様子。1パーティー分だ。中央に食堂テント、周囲に個人テントと車両が配置され、正面にはエヴェレスト北壁が鎮座する。上図はテントサイトの左半分、下図が右半分だ。下図の右側には入域用の自動車道路の終端が見える、路には食堂や民宿の大型テントが並ぶ、施設内の様子は此の絵柄の下だ。テント内は毛布で内貼りされ、ストーブを囲んで狭い椅子がある、椅子は夜はベットに成る。此処では簡単な食事が出るだけでトイレも洗面所も無い。施設内の様子の絵柄の下は「ホテル・カルホル二ア」の看板と「チョモランマ大本営」の石碑だ。

  上に続き下図もBC賑わいの様子。此処では馬車・バイク・ランクル・トラック・ヤク及び人力と、多彩な輸送力が活躍する。

 

 

 

工業製品に埋もれた消費社会とは距離を置いた、内陸アジアの自然と人間を紹介いたします。此処には、私たちの美意識の源泉・文化の源泉が数多く現存し、自分が知らない事に驚きます。此処には有史以前から今も変わらない人跡未踏の雪山や氷河、0m地帯の広大な砂漠や標高5000mの草原、アジアの大河の源、幾百千年来の隠れ里等など、枚挙に暇の無い非日常が今も生きています。大地と太陽・水と植物・自然の恵みを友に、人口エネルギー消費ゼロで暮らす人々も沢山います。この地域の総面積は日本の国土の20数倍・北米の面積にも相当し、此の地の地下資源を世界は注視してます。近い将来の「地下資源&エネルギー」枯渇時に、工業生産國は衰退・崩壊する「現代文明の病理」を背負ってますが、内陸アジアは背負ってません。この問題は最終章「黙示録」で考察してます。内陸アジアには持続可能な社会の雛型が有史前から連綿と続いています。
 

 
 
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