白岩吉明オフィシャルサイト、山岳写真ネットギャラリー、「内陸アジアの貌・フンザ物語・横断山脈・ウイグルの瞳」「エヴェレスト街道」「チベットのヒマラヤ」「ランタン谷」「黙示録」「

 

 
 
 
 
 

ランタン谷:3

 上:Naya Kang(ナヤカンガ)5846m     下:Langtang Lirung(ランタン・リルン)7245m

 

 

 

         

 上図はヤクを解体し野良で日干しの作業をする家族の姿、石楠花の大輪が添えられている、命への儀式と理解した。初夏の強い日射しと乾燥した大気が保存食を作る。冷蔵庫の有る世界とは違い、太陽光が動物性蛋白質の保存食品を生む。干し肉は塩を付け生でかじる、携行食品でも有る。我々が真似して生で食べれば即座に激しい腹痛と下痢に見舞われる。干し肉は現地の病原菌の住処でもある、それも文化の一つだ。或いは菌が肉を守り、此の地の回路と成っているのかも知れない。下痢は門外漢へのメッセージだ。メッセージに対応出来る体力作りも撮影条件の一つだ。山岳写真は、環境への理解と同化が撮影を創る。機材や技術は2次的なものだ。環境への愛情が、見える眼と撮れる身体をつくる。更に距離感は絶対要件だ、之が肝心だ。

 

 

 

 穏やかなランタン谷の光景を並べると一幅の絵巻物に成る、時空を超越した桃源郷の絵巻物だ。下界に生還した旅人の話が夢を膨らませ、山奥に仙界が有ると物語り、桃源郷伝説を創ったとすれば、まさに此の地こそが過って旅人が迷い込んだ地に相応しい。其の旅人が生きながらえ再び此の地を訪れたら何と思うだろう。此の地は真の仙界に消えた。2015年4月25日一瞬にして消え仙界に旅立ってしまったのだ。南無。桃源郷とは生死一体の地を指すのかも知れない。

 

 

 

 Naya Kang(ナヤカンガ)5846m 

   下図はランタン・リルン、ランタン・ヒマールの主峰だ。ランタン村の手前のゴラタベラからの眺め、純白の巨体が神々しい。前衛の尾根が邪魔だがランタン村からも同様だ。山体を石楠花と一緒に撮影出来るのは此の山がランタン谷から立ち上がるからだ。山の純白は標高がひときわ高い事を意味する。別名はガンチェン・レドルブGanchen Ledrub、山名の語尾に付くリルンはチベット語の「Lirup」からのもので「大きい」を意味する。「ランタン谷の大きな雪山」となる。烈風が純白の巨体から雪煙を舞い上げている、名前の通り大きな雪山だ  

 Langtang Lirung(ランタン・リルン)7245m

  

 

 上:Kimshun(キムシュン)6745m     下::Naya Kang(ナヤカンガ)5846m の一画

  上図はナヤカンガの夜明け。幾重もの稜線の奥に鎮座する此の山は、蓮台に座る如来の様だ。ランタン村を守護するかの様に、村を正面から見据える。暗闇の中月光の浮かび、月の無い夜は夜光に浮き、村を見つめている。この朝は夜来の雪が上がり、更に一層清々しい。

 

  下図はランタン谷を囲む山々を見渡す鳥瞰図。 図は Google earth より画像を取り、これを立体化し山名表記を加えたもので、地域の概念表記には大変役に立つ。ランタン谷の北面の稜線は中国領のチベットとの国境線になる、国境は有っても地域全体の文化圏はチベット密教を色濃く保持する地だ。ランタン村の生活圏は標高3500m前後の過酷な環境にある。これ以上にランタン・ヒマールの高峰群の稜線北側に開けるチベット高原は、標高が4500m~5000mの高標高帯だ。チベットには湖面水位が5000mの湖もある、標高5000mでの地にも人々暮らす、チベットとはその様な地だ。ランタン村もその一角と理解し、物語を編んだ。ランタン村がチベット圏と大きく違うのは樹木の存在だ。


 

 

 

工業製品に埋もれた消費社会とは距離を置いた、内陸アジアの自然と人間を紹介いたします。此処には、私たちの美意識の源泉・文化の源泉が数多く現存し、自分が知らない事に驚きます。此処には有史以前から今も変わらない人跡未踏の雪山や氷河、0m地帯の広大な砂漠や標高5000mの草原、アジアの大河の源、幾百千年来の隠れ里等など、枚挙に暇の無い非日常が今も生きています。大地と太陽・水と植物・自然の恵みを友に、人口エネルギー消費ゼロで暮らす人々も沢山います。この地域の総面積は日本の国土の20数倍・北米の面積にも相当し、此の地の地下資源を世界は注視してます。近い将来の「地下資源&エネルギー」枯渇時に、工業生産國は衰退・崩壊する「現代文明の病理」を背負ってますが、内陸アジアは背負ってません。この問題は最終章「黙示録」で考察してます。内陸アジアには持続可能な社会の雛型が有史前から連綿と続いています。
 

 
 
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